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GG佐藤は今何をしている?あの事件後の壮絶な野球人生とは?

別れ道
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GG佐藤と聞いてピンと来る人は、相当な野球好きで古くから野球に熱を入れていたのでは?

そして、”あの事件”と言われて「あ~。あれね。あれのことやね。」

と、すぐにわかる人は、ホンモノだと思う。(笑)

 

GG佐藤選手は、西武ライオンズの主力として大活躍した選手です。

そして、日本を代表するスラッガーとなり北京オリンピックの代表選手となったのですが、

そのことが彼の人生を大きく狂わせることになったのです・・・。

GG佐藤に北京オリンピックで何が起こった!?

G.G.佐藤選手は、2005年までパッとした成績も残せなていなかったのですが、

2006年に開花して、初の開幕スタメンを勝ち取り、さらには首位打者争いまでしたんです。

翌年の2007年にも勢いは止まらず、開幕戦から2試合連続ホームランを打つなどの

大活躍をしていました。

 

しかも、この2007年は外野手として年間守備率10割、つまり1年間エラーがまったくなかったのです。

打撃もクリーンアップを打てて、守備も安定していて、

まさに西武ライオンズの中心選手だったんですね。

 

ところが、2008年の北京オリンピックで”まさか”の大失策をしたのです。

準決勝の韓国戦で、まったく平凡なレフトフライをまさかの落球!!

これが失点につながり、韓国戦敗戦の戦犯との烙印を押されてしまいました。

 

エラーの連鎖は、ここで終わらずに次の3位決定戦でも同じように

平凡なレフトフライを落球という、まるでデジャブのようなことがありました。

ここでもまた、このエラーが直接の原因で日本は負けてしまったのです。

 

G.G.佐藤選手から奥さんには、「死にたい」というメールが届いていたそうです。

それほど、精神的に追い込まれた状態にあったということです。

これはテレビで見ていてもわかりましたよ。

「あ~。これ、またエラーするな」と思ったら案の定でしたもん。

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G.G.佐藤の人生が狂い始める

オリンピックを境にGG佐藤選手の人生が狂い始めたんですね。

西武に戻っても、まったく元の調子に戻らなかったんです。

あの躍動していたG.G.佐藤の面影はなかったですね。

 

その後、少し活躍した時期もあったようですが、

ケガにも苦しみ2011年に西武ライオンズを戦力外となりました。

 

この後は、全然知らなかったんですが、

2012年にイタリアに渡っていました。

テレビで特集やっていましたね。

で、そこも1年経たずにクビ。

 

次に富山のクラブチームに入団したみたいですが、

同じ年のオフに千葉ロッテからお誘いを受けて、入団。

2013年と2014年プレーをして、戦力外となり現役を引退されました。

で、今何しているん?

前置きが長くなりすぎましたが(笑)、

2014年にロッテを解雇された後は、父親が経営する会社に入社して

サラリーマンをやっているそうです。

 

彼の場合は、完全にメンタルでしたよね。

あの北京オリンピックでのエラーは見ていてもかわいそうなくらい

プレッシャーを受けてたんだろうなと思います。

 

特に、あの時は「長嶋ジャパン」で初めてオールプロで臨んだ

オリンピックでしたから「勝つ」ことが義務付けられたというときですよね。

--- 2017/01/07追記 ---

※ 長嶋ジャパンではなく、星野ジャパンの間違いでした。

お詫びして訂正させていただきます。

ご指摘いただいた山田さん、ありがとうございました!!

--- 追記ここまで ---

 

結局、4回のクビを経験することになったのですが、

西武で活躍しているときは、華々しく引退していく選手になるんだろうなと思っていたので、

人生何があるかわかりませんね。

 

ちなみに、「GG」の名前の由来は、こちらの記事に書きました。

興味があれば、どうぞ。

⇒ G.G.佐藤の由来は?意外と単純な理由からだった!

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コメント

    • 山田
    • 2017年 1月 06日

    長嶋ジャパンではなく星野ジャパンだよ

      • とらきち
      • 2017年 1月 07日

      山田さん

      ありがとうございました。

      間違えてましたね。
      修正しておきます。
      助かります。
      ありがとうございます!!

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